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Messerschmitt !!

2007年07月01日 20:00

曇り
メッサーシュミット009 ← 3面図?
先日の「メッサーシュミット!」が、暫くチェックを怠っていた(すいません・汗)小野秀一。さんタイトルと全く同じだったので、昨日慌てて“Messerschmitt!”修正しました。
ところでメッサーシュミットKR200“KR”ですが、ドイツ語で「キャビンの付いたスクーター」を意味するKabinenroller”(カビネンローラー)の略なんですよね。
フロントのモールの下にある3連の菱形マークは(航空機も含む)メッサーシュミットを作っていたRSM社(Regensburger Stahl-und-Metalbau GmbH:レーゲンスブルガー・シュタール・ウント・メタルバウ有限会社)から生産を引き継いだFMR社(Fahrzeug-und-Maschinenbau GmbH,Regensburg:ファールツォイク・ウント・マシネンバウ・レーゲンスブルグ有限会社)のエンブレムです。因みにRSM社の頃は3連の円形マークでした。更にそれ以前はMesserschmittwerk Regensburgで、円形マークだったようですが、資料不足が祟ってよく判りませんでした。
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メッサーシュミット005
大丈夫? → 
KRシリーズは、元々はメッサーシュミット社の技師だったフリッツ・フェント(Fritz Fend)が開発した足漕ぎ式三輪車が出発点だったそうです。その後、戦争で足を失った傷痍復員兵のために手漕ぎ式三輪車を開発、更に98cm3のエンジンを積んだものを開発します。このモデルは「フェントのカビネンローラー」という意味でFK150と呼ばれていたそうです。しかし注文に生産が追いつかず、元の勤務先にヴィリー・メッサーシュミット博士(Dr.Willy Messerschmitt)を訪ね、話を持ちかけます。当時の西ドイツでは航空産業が禁止されていて、メッサーシュミット社も二進も三進も行かない状況でしたから、二人の間ですぐに話はまとまったようです。
その後、設計を見直し、排気量を173cm3にアップしたKR175ジュネーブ・ショーでデビューして好評を博し、KRシリーズの基礎を築きます。
メッサーシュミット010 ← 大丈夫?Siba & Bosch
KR175の改良版であるKR200ではトレッド(左右タイヤ間の幅)を拡大、排気量も191cm3にアップし、メッサーシュミット=KR200と言うくらいの存在になったのでした。
この後は2サイクル2気筒、排気量493cm3で前半分はKR200のまま四輪車にしたTg500(Tgは虎=ティーゲル“Tiger”の略)も生産されましたが、人気はイマイチだったようで、すぐに生産は終わってしまったようです。その後はモータリゼーションの発展と共に必要最低限の居住性と性能ではドイツ国民も我慢出来なくなっていて、売り上げは落ちて行きます。そして1964年(昭和39年)、遂にFMR社KR200の生産を終えたのでした。
参考:Lexikon Onlinelexikon Lexika
        Messerschmitt & Heinkel Kabinenroller
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    [デザイン][博物館・美術館][道具]旧車弐台

    1957MIKASA 1945年航空機製造の技術者たちが資金を持ち寄り創業した岡村製作所。 オフィス家具製造で会社が安定すると、技術者たちは「動くモノ」への情熱を再燃させた。国内初のトルクコンバーター、戦後初の国産飛行機「N-52」、そして国内初のFFオートマティック車「ミカ