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テネリフェの悲劇

2013年03月27日 21:00

雨のち曇り
36年前の1977年(昭和52年)3月27日は、世界の航空史上最悪の航空事故が、スペイン領カナリア諸島テネリフェ島にあるロス・ロデオス空港(TFN、テネリフェ・ノルテ空港。以下テネリフェ空港)で発生しました。

↑ テネリフェ空港の概略図
この事故は霧の漂う滑走路(ランウェイ:Runway)をタキシング中のパン・アメリカン航空(パンナム)の1736便(ボーイング747-100型機、乗員16人、乗客380人)に、離陸許可が下りたと勘違いして離陸を開始したKLMオランダ航空(KLM)の4805便(ボーイング747-200型機、乗員14人、乗客234人)が衝突後に爆発炎上して、双方合わせて583人が死亡した事故で、「テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故」とか「テネリフェの悲劇」「テネリフェの惨事」などと呼ばれています。

この日、カナリア諸島(アフリカ北西部沖にある、大小10ほどの島嶼群)のグラン・カナリア島にあるグラン・カナリア空港(ラス・パルマス空港:LPA)は、カナリア諸島の分離独立を目指す過激派組織の爆弾テロ事件と、もう1発の爆弾を仕掛けていると云う爆弾テロ予告で閉鎖されていました。
ラス・パルマス空港が目的地だったパンナム機“クリッパー・ヴィクター号”と、KLM機“ライン号”は、テネリフェ空港ダイバート(代替空港への着陸)する事になりました。

↑ 事故を起こしたKLMのB747-200型機(左)とパンナムのB747-100型機 (同型機)
テネリフェ空港は、東南東から西北西に伸びる3,400mの滑走路1本と、滑走路に平行する1本の誘導路(タクシーウェイ:Taxiway)があるだけのローカル空港で、標高が600mほどあり、海流と標高の影響で、雲や霧で覆われる事の多い空港です。

アムステルダム発(AMS、スキポール空港)のKLM機テネリフェ空港に着陸したのが、現地時間の13時44分、この時点で空港ターミナル前にある駐機場(エプロン)は10機以上が駐機していて、KLM機は仕方なく西北西側にある一時駐機場所に移動しました。ロサンゼルス発(LAX、ロサンゼルス国際空港)ニューヨーク経由(JFK、ジョン・F・ケネディ国際空港)のパンナム機が到着したのは約30分後で、やはり一時駐機場所に移動して、ラス・パルマス空港の再開を待つ事になりました。
 ← 一時駐機場所の状況
ようやくラス・パルマス空港が再開されましたが、KLM機は乗客を降ろした上に給油途中で、乗客を降ろさずに待機していたパンナム機ラス・パルマス空港へ急ぎたかったのですが、KLM機が邪魔で動くに動けなくなります。

やっとKLM機の給油と乗客の再搭乗が済み、管制官KLM機に移動許可を与えます。風は西風でしたので、本来ならば出発機は誘導路を通って東南東側に移動すべきなのですが、エプロンが混雑していて巨体のB747型機では通れないので、管制官は「滑走路を使用して移動せよ」と指示します。

テネリフェ空港濃い霧が発生して、視程は300m~500m程度に落ちていました

KLM機が移動を開始して間もなく、パンナム機にも移動許可が与えられました。管制官は途中にあるC-3通路に入って、KLM機離陸の為の進路を空けるように指示します。
パンナム機は指示を確認し、KLM機管制官に「PA1736便はC-3で左に入るのか?」と問い合わせ、管制官は「C-3だ」と回答、もう一度繰り返しています。

ところがパンナム機C-3を通り過ぎ、そのまま滑走路上を進行してしまいます。

その頃、KLM機は東南東側で180度回頭してブレーキを掛け、いつでも離陸滑走が出来るようになっていました。
KLM機副操縦士が「我々は、今から離陸を開始する(We are now at take-off )」と連絡して来ますが、管制官は「OK……離陸スタンバイ。もう一度呼ぶ(OK……Standby for take-off. I will call you )」と答えます。
続いてパンナム機から連絡が入ります。
パンナム「こちらクリッパー1736便(Clipper 1736 )」
管制官「あー、PA1736便は滑走路を空けたら報告せよ(Ah...Papa Alpha 1736, report runway cleared )」
パンナム「OK、滑走路を空けたら報告する(OK, will report when we're clear )」
管制官「ありがとう(Thank you )」

この時、KLM機はエンジンの推力を全開にしてブレーキを解除、離陸滑走を開始します。航空機関士「(PA1736便が)まだ滑走路にいる可能性があるのでは?」機長に進言したのですが、ベテラン機長は聞き入れませんでした。
管制官濃霧滑走路上が見えないので、KLM機が離陸滑走を始めた事に気付きませんでした。離陸重量240tKLM機C-4を通過する時は、既に270km/h以上になり、V1(離陸決心速度)に近い速度に達していました。

その時、パンナム機C-4の140mほど手前に来ていましたが、機長副操縦士は突如霧の中から現れた輝くライト(着陸灯)を発見します。パンナム機CVR(Cockpit Voice Recorder:コックピット・ボイス・レコーダー)には機長の「俺たちはまだ滑走路にいるんだ。どうしたんだ、あいつは?奴は俺たちを殺そうってのか!(We're still on the runway. What's he doing? He'll kill us all! )」と、副操縦士の「よけろ、よけろ!(Get off, get off! )」と云う叫び声が記録されていました。

もう止まる事が不可能なKLM機機長は、操縦輪(操縦桿)を引いて機首を引き起こします。パンナム機機長は回頭してC-4近くの草地へ退避しようとしましたが、わずか数秒の時間では、衝突を回避する事は不可能でした。

↑ 衝突時の概略図
B747型機の2階席までの高さは、約20m弱ですが、KLM機パンナム機にのしかかるように激突し、着陸脚(着陸装置、降着装置とも。ランディングギア:Landing gear)で2階席後部などを粉砕して、裏返る形で滑走路上に墜落、数百mほど滑走して爆発炎上しました。機体上部が滅茶苦茶に吹き飛んだパンナム機はその場で擱座して火を吹き、間もなく爆発しました。

KLM機は乗員14人、乗客234人の全員が死亡、パンナム機は乗員16人、乗客380人のうち329人が死亡(即死)しましたが、脱出後に死亡した人も出て、最終的な死者は335人になり、双方合わせて583人死亡と云う空前の大惨事となったのです。

ここで問題になったのは、何故パンナム機C-3を通過したのか、と云う事ですが、生き残ったパンナム機機長「C-4の方が大きく旋回しなければならないC-3より進入しやすいし、そのまま誘導路を通って(東南東側の)スタート地点に回り込みやすいからだ」と語っています。

また、KLM機管制官最終承認を受けていないにも関わらず、離陸滑走を開始した点ですが、混信によるヘテロダイン現象(2つの周波数の差の周波数がうなりになって現れる現象の事)の所為で「OK……離陸スタンバイ。もう一度呼ぶ」が「OK……離陸スタンバイ。もう一度呼ぶ」と“OK”の部分しか聞き取れていなかったのでした。また、パンナム機の「OK、滑走路を空けたら報告する(OK, will report when we're clear )」の“will”が、やはり混信の所為で聞き取りづらく、全く違う「OK、滑走路を空けた」に取られた可能性が高かったのです。

KLM機機長は、KLMのベテランで、747型機のチーフトレーナーでした。操縦の自信もあったし、長時間に亘る待機のストレスもあったでしょうし、霧による視程悪化もストレス要因だったのでしょう。また、一刻も早くラス・パルマス空港に着いて、安心したいと云う焦りがあったのかも知れません。
こうした要因がKLM機機長の交信内容の聞き間違いや早のみこみを招いてしまった事は確実ですが、パンナム機側も管制官の指示に従わず、勝手にC-4へ進行した責任があります。また、管制官も、見通しの悪い濃霧なのに一遍に2機を滑走路に進入させてしまった責任も重大ですね。

過激派の爆弾テロ事件から始まった「事故の連鎖」は、断ち切る事が出来ずに大惨事に至ってしまいました。この事故がきっかけとなって、認めるの“Yes” “OK” 、否定する“No” ではなく、“Affirm” (アファーム)と“Negative” (ネガティヴ)などを使うようになったのです。

↑ 現在のテネリフェ空港(左)と、レイナ・ソフィア国際空港
この事故の後、低い雲や霧で覆われやすいテネリフェ空港の南南西側、テネリフェ島南部にテネリフェ空港とほぼ同規模のレイナ・ソフィア国際空港(TFS、テネリフェ・スール空港)が建設され、国際線や国内線はこの新空港を利用しています。
レイナ・ソフィア国際空港は3,200mの滑走路1本と、誘導路1本の空港です。

※画像引用元
■File:KLM Royal Dutch Airlines Boeing 747-206B (PH-BUG 170 20427) |Wikipedia
 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/84/KLM_
Royal_Dutch_Airlines_Boeing_747-206B_%28PH-BUG_170_20427%29_
%288215712915%29.jpg/1280px-KLM_Royal_Dutch_Airlines_Boeing_
747-206B_%28PH-BUG_170_20427%29_%288215712915%29.jpg

■ファイル:Pan Am Boeing 747 at Zurich Airport in May 1985|Wikipedia
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%
E3%83%AB:Pan_Am_Boeing_747_at_Zurich_Airport_in_May_1985.jpg


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