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終戦の日

2009年08月15日 23:23

晴れのち時々曇り
今日は終戦記念日ですね。実際には敗戦記念日とか降伏記念日だ・・・という人もいますが、まあ終戦記念日って事で。
ところで、昨日「終戰の詔書」の原文引用は如何だったでしょうか?
とぉ~っても読みにくかったと思います(苦笑)。
今日のからは原文の読みにくい旧漢字常用漢字に、カナかなに修正した上で、省略されている濁点を加え、句点や句読点も追加しました。
解りにくい表現などはカッコで読み仮名をふってあります。一部にはマウスカーソルを乗せると意味が解るようにもしてあります。
で、私も読めなかった部分はYouTubeにアップされている昭和天皇の肉声を聞きながらかなをふりました(苦笑)。
ご意見、ご感想はこちらへどうぞ!
朕(ちん)深く世界の体勢と帝国の現状とに鑑(かんが)み、非常の措置を以(もっ)て時局を収拾せんと欲(ほっ)し、茲(ここ)に忠良(ちゅうりょう)なる爾臣民(なんじしんみん)に告ぐ。
朕は帝国政府をして米英支蘇(べいえいしそ)四国(しこく)に対し、其(そ)の共同宣言を受諾する旨(むね)通告せしめたり。
抑々(そもそも)帝国臣民(ていこくしんみん)の康寧(こうねい)を図(はか)り、万邦(ばんぽう)共栄(きょうえい)の楽(たのしみ)を偕(とも)にするは皇祖皇宗(こうそこうそう)の遺範(いはん)にして朕の拳々(けんけん)措(お)かざる所(ところ)。
曩(さき)に米英(べいえい)二国に宣戦せる所以(ゆえん)も亦(また)実に帝国の自存(じそん)と東亜の安定とを庶幾(しょき)するに出て他国の主権を排し領土を侵す如きは固(もと)より朕が志にあらず。
然(しか)るに交戦已(すで)に四歳(しさい)閲(けみ)し、朕が陸海将兵の勇戦、朕が百僚有司(ひゃくりょうゆうし)励精(れいせい)、朕が一億衆庶(しゅうしょ)の奉公(ほうこう)、各々(おのおの)最善を尽くせるに拘(かか)わらず、戦局必ずしも好転せず。
世界の大勢亦(また)我に利あらず。
加之(しかのみならず)、敵は新に残虐なる爆弾を使用して頻(しきり)に無辜(むこ)を殺傷し、惨害(さんがい)の及ぶ所真(しん)に測るべからざるに至る。
而(しか)も尚(なお)交戦を継続せんか、終(つい)に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延(ひい)て人類の文明をも破却(はきゃく)すべし。
斯(か)くの如(ごと)くんは、朕何を以てか億兆の赤子(せきし)を保(ほ)し皇祖皇宗(こうそこうそう)の神霊(しんれい)に謝(しゃ)せんや。
是(こ)れ朕が帝国政府をして共同宣言に応ぜしめるに至れる所以(ゆえん)なり。

朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦(しょめいほう)に対し遺憾(いかん)の意を表せざるを得ず。
帝国臣民(ていこくしんみん)にして戦陣に死し、職域に殉(じゅん)じ、非命(ひめい)に斃(たお)れたる者、及(およ)びその遺族に想いを致せば五内(ごだい)為(ため)に裂(さ)く。
且(かつ)戦傷を負い、災禍(さいか)を蒙(こうむ)り、家業を失いたる者の厚生に至りては朕の深く軫念(しんねん)する所(ところ)なり。
惟(おも)うに今後帝国の受(う)くべき苦難は固(もと)より尋常(じんじょう)にあらず。
爾臣民(なんじしんみん)の衷情(ちゅうじょう)も朕善(よ)く之(これ)を知る。
然(しか)れども朕は時運の趨(おもむ)くところ堪(た)え難(がた)きを堪え、忍(しの)び難きを忍び、以(もっ)て万世(ばんせい)の為に太平を開かんと欲す。

朕は茲(ここ)に国体を護持(ごじ)し、得て忠良なる爾臣民(なんじしんみん)の赤誠(せきせい)に信倚(しんい)し常に爾臣民(なんじしんみん)と共に在り。
若(も)し夫(そ)れ情の激する所濫(みだり)に事端(じたん)を滋(しげ)くし、或(ある)いは同胞排擠(はいせい)、互いに時局を乱(みだ)り、為に大道(だいどう)を誤り信義を世界に失うが如きは朕最も之を戒(いまし)む。
宜(よろ)しく挙国(きょこく)一家子孫(いっかしそん)相伝(あいつた)え確(かた)く神州(しんしゅう)の不滅を信じ、任重くして道遠きを念(おも)い、総力を将来の建設に傾け、道義を篤(あつ)くし、志操(しそう)を鞏(かた)くし誓って国体の精華(せいか)を発揚(はつよう)し世界の進運に後れざらんことを期すべし。
爾臣民(なんじしんみん)其(そ)れ克(よ)く朕が意を体せよ。

以下、昭和天皇の御名御璽、各大臣の副署は省略
これでもまだ読みづらいし、意味も解りにくいですよね。
当時玉音放送を聞いた歿き祖母が「天皇陛下が何を言っていたのかは解らなかったけど、日本が負けて戦争が終わった事だけは判ったよ」と言ってましたね・・・祖母は終戦当時26歳でしたが、当時の大部分の国民は、そんな感じで玉音放送を聞いていたんでしょう。
以下は大雑把な現代語に置き換えた終戦の詔書です。
私は深く世界の大勢と日本の現状を考えて、特別な方法でこの事態を収拾しようと思い、ここに忠義の心を持った国民諸君に告げます。

私は政府に米・英・中・ソの四国に対してポツダム共同宣言を受諾することを通告させました。
もともと日本国民の安全と世界の共存を共にすることは、我が歴代天皇の残した教えであり、私も大切にしていることです。
米・英と戦争を開始したのも、日本の自立と東アジアの平和を願うからであり、他の国の主権を犯したり、領土を侵略することは、私の願いではありません。
しかし開戦以来すでに四年がたち、私の陸海の将兵が勇敢に戦い、私の政府の官僚たちは懸命に働き、私の一億の国民は国のために力を尽くし、それぞれが最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転しません。世界の大勢もまた我々に不利です。
その上、敵は新しい爆弾を使用して、多くの罪のない人々を殺傷し、その痛ましい被害ははかりしれないものになっています。
このまま戦争を継続していれば、最後には日本民族の滅亡を招くだけではなく、人類の文明をも破壊するでしょう。もしそうなってしまえば、多くの国民を預かっている私は、どうして天皇家代々の霊に謝ることができるでしょう。
これが私が政府に対して共同宣言に応じるようにさせた理由です。

私は我が国とともに東アジアの解放に協力してくれた同盟各国に対して申し訳なく思っています。
我が国民にも戦場で死に、職場で亡くなった人々と、その遺族のことを思うと、心と体が張り裂けそうな思いです。また戦いで傷を負い、戦災で家業を失った人たちの手当てについても私は深く案じています。
考えてみると、これから我が国の受ける苦難は大変なものがあるでしょう。国民諸君の口惜しい心情は私もよく知っています。
しかし私は時の運に逆らわず、堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍び、将来のために平和な世界にしたいと思うのです。
私は忠誠な国民諸君の真心に信頼を寄せ、国民諸君と共にいます。
感情のまま、みだりに多くの事件を起こしたり、国民同士で争って時勢を乱して国の進む道を誤って、世界の信用を失ってしまうことは、私がもっとも戒めるところです。国をあげて子孫に伝え、日本の不滅を信じ、責任は重く、道は遠いことを思い、総力をあげて将来の建設に傾けましょう。
道義をあつくして志を堅くして、日本の優れたところをさらに高め、世界の進歩に後れないように期待しています。
国民諸君には、私の思いを実現してもらいたいと願います。
これなら多少は短いし、解りやすいですよね。
前述の玉音放送を聞いた時の祖母の持った感想を思い出します。もっと国民に解りやすい言葉を選ぶ手段ってなかったのか・・・いや、たぶんあったんでしょうね。ただ、そうする事で天皇家の権威の失墜という印象を持たれる事は避けたかったというのが、当時の宮内庁軍部の考え方だったのでしょう。
戦後64年目の終戦記念日の今日、改めて「平和」の意味を考えてみたいと思います。

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※この記事は書きかけです。タイトルや内容その他が変更される可能性があります。
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