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BOAC機空中分解事故

2008年03月05日 22:00

曇りのち晴れ
昭和41年(1966年)3月5日、東京国際空港(羽田空港)は前日に発生したカナダ太平洋航空402便着陸失敗事故の影響で大混乱でした。旧C滑走路端にはカナダ太平洋航空402便DC-8型機の残骸が散乱したまま・・・その様子を取材に来たNHKのカメラマンの前を、13時58分に1機のボーイング707型機が舞い上がって行きました。
このB-707型機こそ英国海外航空(現:英国航空)の911便(スピードバード911便)だったのです。

柳田邦男さん「マッハの恐怖」によると、当初の飛行計画では、スピードバード911便計器飛行方式(IFR:Instrument Flight Rules)で大島上空を経由して香港に向かう事になっていました。しかしタキシング中に管制官に計器飛行方式をキャンセル、有視界飛行方式(VFR:Visual Flight Rules)で富士山上空を経由して香港に向かう事を要請しました。特に問題はなかったので、管制官もすぐに許可を与えます。
そしてNHKカメラマンの前を離陸していった直後、機長からの「Good Day!」(ごきげんよう!)がスピードバード911便の最後の交信になってしまいました・・・。
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羽田を離陸して約17分後の14時15分ごろ、御殿場市上空付近15,000フィート(およそ5,000m)を飛行していたスピードバード911便は突如冬の富士山に特有の乱気流に遭遇します。この時、B-707型機の設計荷重を大きく超える衝撃(7.5G以上と推定)を受けて垂直安定板(所謂『垂直尾翼』)や右水平安定板(所謂『水平尾翼』)が破壊され、右主翼端やエンジンが脱落するなど機体が空中分解して、 静岡県御殿場市の富士山麓・太郎坊付近に墜落しました。
この7.5G以上と推定されている衝撃を受けて、機体中央部にある燃料タンクの隔壁が破壊され、機首付近に流れ込んで溜まり、墜落時に機首が炎上するという現象も発生しています。如何に凄まじい衝撃を受けたのかが窺われますね。
この事故によって乗員11名、乗客113名、計124名全員が死亡しました。
スピードバード911便が空中分解して墜落していく様子は富士スピードウェイにレースの取材に来ていた平凡パンチのカメラマンたちによって写真撮影がされていて、読む人に衝撃を与えたそうです。
また、この事故は空中分解という破壊現象の割には乗客の遺品の中にあった8mmカメラが証拠としての大きな役割を果たしたり、陸上自衛隊・東富士演習場の自衛隊員をはじめとした多くの目撃者の証言が重要な手掛かりになって、予想よりも早く事故原因の究明がなされた事は全日空羽田沖墜落事故と好対照と言えるでしょう。

私は初めて「マッハの恐怖」を読んだ時、その口絵に掲載されている写真で墜落していくスピードバード911便の様子を見たのですが、洩れたジェット燃料が白煙のように尾を曳いて墜落していく哀れな航空機姿に肌が粟立ちました・・・しかしこの約10年後に日本航空123便墜落事故という、もっと凄惨な現場写真をイヤというほど見せられる事になるんですが。
※この記事は書きかけです。タイトルや内容その他が変更される可能性があります。
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