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「春一番」の気象災害

2008年02月28日 22:00

晴れ
立春から20日目の2月23日に「春一番」が吹きましたね。立春から春分の間までに南寄りの風で風速が8m以上あると「春一番」ですが、今年は去年より9日遅かったそうです。23日は日本海を発達しながら進んでいた低気圧に向かって南西からの風が吹き込む形での「春一番」でした・・・東京では最大瞬間風速が15.9mだったとか。

ところで「春一番」って、キャンディーズの歌のイメージで優しい感じを持っている人も多いようですが、意外と気象災害を引き起こしやすい強風なんです。南寄りの強風ですから、山間部では気温の上昇に伴う雪崩が発生しやすくなりますし、過去には海難事故も多く発生しています。
うららかな名称とは違って、要注意な訳ですね。

私が記憶している「春一番」のもたらした被害として印象深いのは、ちょうど30年前、昭和53年(1978年)2月28日に発生した帝都高速度交通営団(営団地下鉄)・東西線(現・東京地下鉄・東西線)の脱線転覆事故ですね。
ご意見、ご感想はこちらへどうぞ!
30年前の2月28日は東京で春一番によってもたらされた強風によって、断続的に竜巻が発生しました・・・そのうち最大の被害が、前述した営団地下鉄・東西線脱線転覆事故です。

21時34分ごろ、東西線の10両編成の電車が荒川と中川に架かる荒川・中川橋梁の上を走行していました。首都圏以外にお住まいの方はお解りになりにくいでしょうが、東京湾に近いこの付近は荒川と中川が隣りあって流れていて、そこに架かっているのが荒川・中川橋梁なんです。因みに「てつなトリビア?」に書いた通り、民鉄(私鉄)では一番長い橋梁でした。( Googleマップ )
では、話を元に戻します。
件の荒川・中川橋梁を走行途中、この竜巻に襲われて、後部の3両が脱線、うち2両は転覆して、20人以上が負傷するという被害でした。転覆した車輛が線路などの施設も破損させてしまったので、復旧には結構日数がかかりましたね・・・しかも国鉄(当事)は千葉動労のストによって総武線が間引き運転されていたので、千葉方面の通勤・通学客に大きな影響を与えました。

実はこの竜巻は、柳田邦男さんの著書「死角・巨大事故の現場」によると、最初は東京都大田区の多摩川付近で発生し、北東方向へ移動しながら断続的に観測されていたそうです。羽田空港でも観測されていたんですが、この時は離発着便に影響を与えずに収束しました。
一歩間違えば航空機による大惨事につながったところだったそうです。しかし結局は鉄道で被害が出てしまった訳ですが、自然が相手ではどうにもなりません。この脱線転覆事故での不幸中の幸いは、三角形の枠で橋を支える構造のトラス橋で発生した事です。ガーター橋などの桁橋だったら、転覆した電車が落下してもっと大きな被害(死者など)が出たかも知れません・・・ただ、事故発生当事は「突風」と発表され、マスコミもそのように報道していましたが、のちの調査で竜巻だという事が判明した訳です。

桁橋での代表例は、山陰本線・余部橋梁(餘部橋梁)での回送列車転落事故(昭和61年/1986年12月28日)でしょうね・・・回送中の列車が強風に煽られて転落、余部橋梁の下にあった水産物加工工場を直撃、死傷者12人を出したという事故でした。

そう言えば事故の第一報を伝えるニューステロップでは「地下鉄東西線、突風により脱線」となっていたのを憶えています。地下鉄と言っても東西線千代田線などの路線には地上走行区間がある事、そして橋梁がある事を知らない人にとっては疑問に思った人が多かったようですが(苦笑)。
クラスメイトでも地元を通る千代田線は知っていても東西線に地上走行区間と橋梁がある事も知っていたのは数人だけでしたね。
※この記事は書きかけです。タイトルや内容その他が変更される可能性があります。
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